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最高裁判所第二小法廷 昭和35年(あ)2597号 決定 1963年5月17日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人戸田宗孝の上告趣意は、憲法一三条違反をいう点もあるが、実質は単なる法令違反の主張に帰し、その余は量刑不当の主張であって、すべて上告適法の理由に当らない。〔所論指摘の所為を詐欺罪に問擬した原判断は正当である。(当裁判所昭和二四年(れ)第二八五二号同二五年二月二四日第二小法廷判決、刑集四巻二号二五五頁参照)〕

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官河村大助、同奥野健一の各反対意見があるほか、その余の裁判官一致の意見によるものである。

裁判官河村大助、同奥野健一の反対意見は、次のとおりである。

本件において、被告人が窃取した小切手を利用して銀行からその額面金額相当の金員を受領した点につき、一審判決は、窃盗の外詐欺罪の成立を認め、両者を併合罪の関係に立つものとして処断し、原判決も、右判断を是認している。

しかし、窃盗犯人が自らその賍物を処分する場合において、その行為が外形上他罪の構成要件を充足する場合においても、それが通常予想される事後処分と認められるものである限り、窃盗罪に包摂され別罪を構成するものでないと解すべきである。ことに今日の交換経済社会において、窃盗犯人が財物を窃取するは、自ら直接これを使用するのではなく、賍物を処分して金銭に換えることを目的とするのが通例である。従ってその賍物を自己の所有物の如くに装って、他人に売却する場合であっても、窃盗が単に他人の所持を侵害するにとどまらず、所有権を侵害するものである以上、その売却は窃盗の事実上の効果を完うする行為に外ならないものであるから、賍物の処分に関し、必然的に伴う買主に対する欺罔行為は、既に窃盗の行為において予定され包摂されているものと解するを相当とする。

ところで、本件小切手は、記録によれば、真正に振出された所謂持参人払式小切手であって、被告人自らその小切手により銀行から現金の支払を受けているのであるから、右換金行為は次に述べるように、前記の賍物処分に比し一層強い理由で窃盗罪に当然吸収されるものといわなければならない。即ち、小切手は支払証券たる性質上直ちに支払を受け得る一覧払の性質をもち(小切手法二八条一項前段)現金に代る機能を営む点において、現金的の性格が強く、ことに本件の如き持参人払式小切手は所持のみによりて、形式的資格を有し、支払人は特別の調査を要せずして、証券の所持人に支払すれば足り、かつ有効な支払いとなるものである。従ってその換金行為は、窃盗行為に伴う当然の結果として、窃盗行為に対する可罰的評価に当然包含されるものと見るのが相当である。されば被告人が本件持参人払式小切手を以て支払を受けた行為は、正に不可罰的事後行為として詐欺罪の成立を否定せざるを得ない。然るに窃盗罪の外詐欺罪の成立を認めた原判決は刑法二四六条を不当に適用した違法があり、破棄を免れないものと思料する。

(裁判長裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)

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